ASEANの医療サービス市場は、依然として普及が進んでおらず、供給不足の状態にある一方で、需要は増加の一途をたどっています。2025年までに、ASEANの1人当たりの医療費は364.7米ドルに増加する見通しです。その時点までに、この地域の医療費は少なくとも2690億米ドルに達すると予測されています。
この新たな課題により、外国の医療会社を含む民間部門が、この地域の医療サービスにおいて公的部門を補完する存在になるなど、大きな機会がもたらされると考えられます。ASEANにおける医療の提供は、従来は公的部門が担ってきました。予算上の制約、人口の増加、人口構造の変化に伴い、公共部門は現在および将来の需要を満たすために大きな課題に直面しています。
ASEANの医療産業に対する投資見通し
民間投資が果たす役割は大きく、ASEANの全ての医療部門、特に病院や医薬品分野において重要といえます。民間部門は、程度は様々ではあるものの、ASEAN全域で、病院に対する投資と、運営を行ってきました。
一部の加盟国では、私立病院が全病院の50%以上、あるいは病床数の20%以上を占めています。ラオス、ミャンマー、ベトナムなどでは、民間部門の参入は比較的限られていますが、その数は増加しています。
この地域のグリーンフィールド投資プロジェクトの年間平均投資額は2009~2013年の14億米ドルから、2014~2018年には20億米ドルに増加し、過去10年間で43%増加しています。他の発展途上の地域と比較して、ASEANの医療分野においてはグリーンフィールド投資がより積極的に行われています。
それに加えて、この地域は近年、特にスタートアップ企業に対するベンチャーキャピタル企業(VC)からの注目が高まっています。医療への投資は拡大しており、大半のディールが病院や医薬品関連です。投資資金の大部分は、ASEANのVCや、シンガポールを中心にこの地域に拠点を置くVCによるものです。
一方で、ASEANの医療分野におけるクロスボーダーM&Aにおける取引価格は、医療資産の不足、未成熟のM&A環境および規制環境が原因で比較的低い水準にとどまっています。小額取引や大型案件の欠如も、M&A価格が低い原因といえます。M&A取引の大半は、マレーシア、シンガポール、タイなど、ASEAN内のより発展した市場で行われています。
投資を誘引する市場要素
この地域で手頃な価格の医療サービスの提供を可能にする比較的低コストな構造と並んで、市場要素は、投資決定において重要な役割を果たします。投資機会を生み出す政策・規制環境の改善も重要な要素と考えることができます。
一部の多国籍医療企業は、自らの独占的な優位性を活用し、国際展開を進めるために、この地域に投資しています。市場性の高さに加えて、効率性または低コスト製造という観点から、国内での供給や輸出目的でこの地域で医薬品を製造する製薬会社にとっては、この地域は魅力であり続けています。
さらに、一部の多国籍企業や外国企業は、戦略的な理由からASEANの医療業界に投資しています。 これらの企業は投資収益率を求めるか、急速に成長している産業の戦略的資産に投資していますが、その1つが医療分野であるといえます。 非医療企業やコングロマリットは、事業ポートフォリオを多様化したり、戦略的に重要な地域の医療資産への投資機会を得る目的で、医療分野に投資しています。
業界の主な特徴
医療産業は、ASEANのサービス分野において、最も重要な産業の1つと考えられています。医療は、社会、人口統計、経済発展に大きな影響を与えます。この業界は、医療(治療、予防および緩和)施設、医薬品、医療技術および機器、医療保険、研究開発(R&D)センター、教育機関を含みます。
経済成長と人口の増加に伴い、医療サービスに対する需要はさらに高まると考えられます。ASEANは3兆米ドルの経済規模であり、6億5000万人が住んでおり、2018年には世界人口の約9%を占めています。人口は2025年には約7億人に達し、2050年には7億9000万人以上にまで増加すると予測されています。
それに加えて、平均寿命の延伸と高齢者の増加は、医療や地域内の老人介護施設の需要に影響を与えるとみられます。ASEAN諸国の平均寿命は過去15年間で伸びています。1990年の平均寿命は64歳から65歳でした。2016年までに、平均寿命は73歳にまで伸びました。この地域の人口の5分の1以上が、2050年には60歳以上となると予想されています。
ASEANではさらに、2020年までに4億人に達すると予測される中間層人口が増加しており、より健康志向が高い裕福な消費者も目にするようになっています。中間層が拡大することで、医療に対する需要が継続的に増加しており、病院やその他の医療サービスへの民間投資の機会が生み出されています。
1人当たりの所得の増加やライフスタイルの変化は、長期の治療やケアを必要とする、糖尿病や心臓病などの慢性疾患がまん延する原因にもなっています。