マクロ経済の先行きが不透明になると、企業は支出をいったん止めたくなります。為替が自社に不利な方向へ動き、資金調達コストが突然上昇し、新たな関税制度の影響もまだ見極められない。こうした状況では、取締役会があらゆる支出を一律に抑え、先行きが見通せるまで様子を見るのは自然な判断です。
しかし、すべての予算項目を同じように扱うべきではありません。
現在、東南アジアでは、こうした不確実性が現実のものとなっています。インドネシア・ルピアは今年、過去最安値を更新しました。インドネシアの中央銀行であるインドネシア銀行は、ルピアを下支えするため政策金利を5.75%まで引き上げており、事業内容にかかわらず、国内企業の資本コストを押し上げています。また、米国の新たな関税措置によって、域内最大級の市場の一つである米国への輸出をめぐる経済環境も一変しました。タイの成長率は2%を下回る水準で停滞し、フィリピンでも2026年の成長見通しが0.5ポイント以上引き下げられました。これは一国だけの問題ではなく、地域全体に及ぶ問題です。インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンの経営陣は皆、18カ月前には妥当だと考えていた事業計画が、今もなお有効なのかを問い直しています。
その結果、企業はあらゆる裁量的支出を一律に削減しようとします。特に最初に削減対象となりやすいのが、成長を目的とした設備投資です。新工場、新市場への参入、新たな製品ラインなどがその典型です。こうした判断自体は、しばしば合理的です。昨年の前提に基づく複数年にわたる成長投資については、為替と金利を取り巻く現在の環境を踏まえ、改めて精査する必要があります。
問題は、「裁量的支出」という括りが広すぎることです。オペレーショナル・エクセレンスへの取り組みまで成長投資と同じカテゴリーに入れてしまうケースがありますが、両者は投資の性質が根本的に異なります。
コスト削減につながる投資まで一律に凍結する必要はない
YCPオペレーショントランスフォーメーション事業部(OXD)は、労働生産性の向上、外注コストの管理、運転資本の改善、スループットや歩留まりの向上、そして計画を策定するだけで終わらせず、実行につなげるためのオペレーション・リズムの確立に取り組んでいます。これらは成長への賭けではありません。新たな資本や負債を必要とせず、12カ月後のルピアの水準を予測する必要もありません。必要なのは、企業がすでに保有している人材や資産、既存の契約やプロセスを見直し、規律を持って改善することです。
この違いは、資金調達コストが高く、為替リスクが大きい局面ほど重要になります。成長投資が成果を生み出すためには、外部環境が追い風となることが必要です。一方、オペレーショナル・エクセレンスの取り組みは、今後ルピアがどう動くか、米連邦準備制度理事会(FRB)がどう動くか、あるいは米国政府がどのような政策を打ち出すかにかかわらず、成果を生み出します。将来の環境に賭けるのではなく、すでに存在する無駄を取り除くことによって価値を生み出すためです。
安定した環境であれば、こうした取り組みは「あれば望ましい」ものかもしれません。しかし不確実性が高まる局面では、投資対効果を確信を持って見込める、数少ない支出カテゴリーの一つとなります。その仕組みはシンプルです。だからこそ、リスクに慎重になる取締役会にとって重要になります。単なる「効率化」の掛け声ではなく、規律ある計画・管理サイクル、重点を絞った改善プロセス、そして経営陣による実効性のある説明責任を軸にプログラムを構築することで、改善対象となるコストベースの10~20%に相当する価値を回収できるケースがあります。多くの場合、診断と設計に要する期間は1四半期以内です。これは、回収までに何年も要する投資ではありません。承認されたのと同じ予算サイクルの中で、投資原資を生み出せるリターンです。あらゆる予算項目にプレッシャーがかかる今、CFOが必要としているのは、まさにこのような投資です。

危機を乗り越える企業は、最も大きく削減した企業ではない
ここで、明確にしておきたい重要な傾向があります。マクロ経済のストレス局面を経て、より強い企業として浮上するのは、必ずしもあらゆる部門で最も大幅なコスト削減を行った企業ではありません。むしろ、環境が好転した瞬間に再び投資できる力を守った企業です。価値を生み出していないコストを排除することで、必要な機能まで削ることなく、事業の無駄を取り除いた企業です。
これこそが、今オペレーショナル・エクセレンスに取り組むべき本当の理由です。それは単に「厳しい時期だからコストを削減する」という話ではありません。不確実性が高まる今だからこそ、自社の真のコスト構造、実際の生産性、そして利益率がどこで毀損しているのかを把握することが、単なる望ましい取り組みではなく、競争優位そのものになります。今この取り組みを進める企業は、単にコストを削減しているのではありません。ルピアが安定し、金利が低下したとき、いち早く動き出すための事業の可視性と利益率の余力を構築しています。その一方で、2026年に投資を凍結した競合企業は、その時点になっても自社の実態を把握しようとしているかもしれません。
こうした取り組みを始めるために、確実な見通しが戻るのを待つ必要はありません。むしろ逆です。現在の環境こそ、オペレーションのパフォーマンスをより綿密に検証する理由であり、先送りする理由ではありません。資本集約型で複数年にわたる投資判断は、より見通しが明確になるまで待つことができます。しかし、すでに事業の中に存在するコストや生産性の改善余地を見つけ出す取り組みは、先送りすべきではありません。取り組みを1四半期先送りするたびに、利益改善の機会を逃すことになるからです。その機会を失う原因は、外部環境の不確実性ではなく、自社の非効率性です。
この状況をうまく乗り越えている企業は、「支出すべきか」を問うているのではありません。「どの支出に外部環境の追い風が必要なのか。そして、それ以外の支出には今すぐ資金を振り向けるべきではないか。」そう問いかけています。
エキスパートプロフィール
Paul Archer(パートナー)
YCP Renoirオペレーショナントランスフォーメーション事業部のパートナーとして、インドネシア、シンガポール、香港を統括。企業が重要な転換点を迎える局面において経営陣と伴走し、業績向上、成長加速、変革施策を推進し、具体的な成果創出を実現。
複雑な課題を構造的に整理し、本質的な成果ドライバーにフォーカスすることで持続的なパフォーマンス向上を支援。エネルギー、インフラ、製造、航空、金融サービス分野における実績を有し、アジアおよびグローバル市場での支援経験を持つ。